「としまえん」の都市計画公園への転換は住民参画で

2017年11月29日 09時59分 | カテゴリー: まちづくり, 活動報告, 災害対策

練馬区民の多くが親しみを持ち、区のシンボルのひとつと感じている「としまえん」が防災機能を備えた「都立練馬城址公園(仮称)」として整備される計画であることをご存知ですか?

東京都は、2011年12月に「都市計画公園・緑地の整備方針」を改訂し、としまえんとその周辺を重点公園・緑地、優先整備区域のひとつに指定しました。2020年度の事業着手に向けて計画づくりのための都と区の協議が始まっています。

「どんな公園を望むのか」都立公園へと大きく転換するのであれば、ぜひとも住民の声を届けたいものです。

生活者ネットは、まずは地形や歴史、豊かな動植物など遊園地と違った「としまえん」の魅力を知ることが大事と考え、11月24日に「としまえん」がどんなところなのか、探索するツアーを企画しました。「豊島園まち議会」代表の「やとじい」こと平田英二さんにガイドをお願いしました。

「豊島園まち議会」は、都市計画公園計画の発表後、「どんな公園にしたいか?」と考える区民が集まり、豊島園と周辺の地形や歴史、石神井川とみどりについて、防災機能を備えた「都立舎人公園」の見学などの活動をしてきた市民グループです。

入場して左手前方の「ハイドロポリス」の辺りに練馬城があった

としまえん周辺の歴史

としまえんの真ん中を石神井川が流れています。小金井公園周辺を起点とする石神井川沿いの崖の上には旧石器や縄文時代の遺跡が点々と連なっていて、人々の暮らしの場になっていたことがわかっています。区内にも遺蹟が確認されています。平安時代に秩父平氏の一部が、北区豊島辺りを拠点に「豊島氏」を名乗り、南北朝を経て1477年に太田道灌に敗れるまで石神井川流域一帯を納めていました。昭和30年代には水田も広がり、川沿いの低地に住宅地になっていましたが、1958年の狩野川台風で大きな被害が出たことをきっかけに大規模な河川の改修が始まりました。

フリュームライド(急流すべり)の奥に見える、石神井川沿いの崖線斜面林

としまえんの自然

今回、園内を隅々まで歩いて、元からある武蔵野の雑木林やあとから整備された針葉樹やアジサイ群などあらためて豊かなみどりを感じました。緑被率が減少する中、としまえんのみどりは貴重な資源です。園の北側には「としまえんのもり昆虫館」がありますが、2014年の昆虫調査では、カブトムシ、チョウ、ハチ、トンボ、カメムシなど65種類を確認できたそうです。

あじさい園の周辺は武蔵野の雑木林が残っている

 

防災公園とは?

「豊島園まち議会」が防災公園に位置付けられてる都立舎人公園の見学では

主機能は、ヘリポートと大型トラックの輸送基地、発災時の管理者の役割は「ヘリ、トラックの安全を守り住民が押し寄せるのをとどめる」こと、瓦礫の仮置き場としても重要(広いスペース)

と説明され、帰宅難民の受け入れなど、広域的な防災対策と考えていて、地域住民のためという視点は低いと感じたそうです。

豊島園まち議会のメンバーが活動の成果を冊子にまとめ、報告に行った際に都は「住民から強い要望があれば聞かないわけにはいかない」と言っているそうです。どのような公園にしていくのか、事業化計画策定から区民が関わることで自主的な維持管理など実質的な区民との協働が可能になるのではないでしょうか。自分たちの声が反映されれば、愛着がわき大切に使おうと考えるはずです。

見学の前日の勤労感謝の日は、学芸会など区内の複数の学校で行事があったようで、代休の子どもたちが連れ立って遊びに来ていました。子どもたち同士で遊びに行ける身近な場所として「としまえん」が選択肢にあるんだな、とうれしく思いました。

子どものころから親しみのある場所だからこそ、としまえん周辺の地形やみどりなど自然環境を活かしながら、防災機能も併せ持った公園を区民参画ですすめることを働きかけていきます。

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