憲法は休んでいたか、活かされていたか?

2017年9月29日 09時48分 | カテゴリー: 平和・人権, 活動報告

9月6日、ねりま9条の会主催の「憲法施行70周年記念集会」がありました。

ゲストは、コメディアン(プロフィールにはスタンドパフォーマーの記載)の松元ヒロさんと、詩人・随筆家のアーサービナードさん。私が敬愛するお二方をが同じ舞台に立つ、しかも、地元練馬に!この日が来るのを楽しみにしていました。来場者は1100人以上だったそうです。

 

ヒロさんが演じる「憲法くん」では、

70年間ずっと暇だった。忘れられているんじゃないかと思っていた。

まだロクに働いていないのに。まだ元気なのに。現実社会に合わないから引退させようとしている。

憲法は理想。理想に現実を近づける努力をしないで、現実に合わせて変えようとするのはおかしい!

と訴えます。

一方、アメリカ生まれのアーサー・ビナードさんは

アメリカ合衆国憲法の存在は知っているけれど、生活とは切り離されたもの。

昔つくられた文章、ミイラみたいな。

それなのに、日本では湾岸戦争当時、憲法が注目され、議論されたのを目の当たりにした。

憲法が自衛隊派兵を阻止する歯止めの役割を果たした。

連日、新聞に「憲法」の文字が一面に載り、「日本では憲法が生きているんだ」と感じた、と。

もうひとつ興味深かったのは、日本人とアメリカ人の「戦後」の比較。

日本で「戦後」といえば「第2次世界大戦」以降

ところがアメリカ人にとっては、「南北戦争」「第1次、第2次世界大戦」「朝鮮戦争」「湾岸戦争」・・・

人それぞれの「戦後」がある。それだけ戦争を繰り返してきたということだ、と。

 

そんなアメリカに追随しようとしている今の日本。

「戦後」は「第2次世界大戦」以降、だけで終わらせたい、終わらせなければいけないと強く思います。

朝鮮民主主義人民共和国がミサイルを発射したり、核実験をしたり暴挙が目に余る。けれど、それを力でねじ伏せる「制裁」では何も解決しない。なにしろ、「朝鮮戦争」は停戦中。

朝鮮民主主義人民共和国とアメリカ合衆国の間に位置する日本は、戦争が始まったらどうなるか。否応なく巻き込まれてしまうのではないでしょうか。

日本国憲法前文より抜粋】

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

(中略)

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。(以下略)

9月28日、衆議院が解散されました。どんな社会に社会にしたいのか、わたしたちの選択に委ねられています。憲法を活かし、世界の恒久平和をめざしたいと思います。